農場主の漫遊記

各地をさまよい歩いた、旅行と観光の記録

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東京大仏 乗蓮寺

 GWの中日、母親が墓参りに行きたいということで、付き合いで。場所は東京大仏・乗蓮寺
"応永年間(1394年-1427年)に了賢無的が山中村(現在の板橋区仲町)にて人々に教えを伝えるために創建したと伝えられている。その後、江戸時代の初期のころまでに板橋区仲宿に移転した。当時は孤雲山慶学院乗蓮寺と称していた。後に慶学山乗蓮寺になった。当寺院は、郷主・板橋信濃守忠康の菩提寺になるなど人々から信仰を得ていた。天正19年(1591年)に徳川家康から十石の朱印地が寄進され、その後も歴代の将軍から朱印地が与えられ格式ある寺院となった。また八代将軍・徳川吉宗の鷹狩の際の休憩所・お膳所としても使われた。その後も長く仲宿の地にあったが首都高速道路の建設と国道17号の拡幅により、昭和48年(1973年)に現在の赤塚の地(赤塚城二の丸跡)に移転した。山号も赤塚山と称した。そして1977年(昭和52年)、かつて東京を襲った関東大震災や東京大空襲など、悲惨な震災や戦災が再び起きないよう願いを込め当寺院の代名詞にもなっている東京大仏が建立された。"
乗蓮寺 - Wikipedia
乗蓮寺入口地図
 乗蓮寺の正門は急な階段を上る。正門下には閻魔堂があって、閻魔と十王の像が祭られている。じつは正面の道を過ぎて横にまわると、少し長い坂があって、そちらのほうが上りやすい。このあたり、赤塚城の名残なのか。
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男の休日 大師の湯

 さて、男の休日ということで、近くの大師の湯へ。
温泉・施設案内 | THE SPA 西新井
 大師の湯のあった場所は、昔の東京紡績西新井工場の一角。入口のパサージオのあたりからアリオ西新井のあたりまでが工場だったから、相当広かったんだろう。そんな場所を掘って、温泉をくみ上げているのだからすごいわ。
 広さはそこそこ。男湯は温泉湯船1つ、露店風呂1つ、寝風呂3人分、泡とかジェット風呂4人分。サウナが広めというくらい。
 休憩所は休日はまずは入れないので、床暖房付の怪しげなサンゴオンドルに入るか、ロビーの椅子をとるか。マッサージは充実しているので、そちらで時間をつぶすのもいい。
 食事処はあるけれど、若干高めなので、帰りは近くのパサージオの4Fで中華をいただいている。
ぐるなび - 酔香園 西新井店(西新井/北京料理)
小皿料理地図
 このお店はまあ夕方は混雑することはない。小皿2品とアルコール1杯のセットが980円なので、これに料理を一品追加して腹いっぱい。今回は、蒸し鶏とピータン豆腐、マーボナスをチョイス。ゆったりとした休日を楽しんだ。


曳舟駅からのスカイツリー

曳舟駅からのスカイツリー地図
 先日東京に戻ってきたばかりだけれど、また出かけることに。そびえたつスカイツリーに、旅の無事を祈願しつつ。


赤羽馬鹿祭り

 環七を西に向かって北区に入り、ニトリのところをまがって赤羽の駅前方面へ。交差点に出たところで、おみこしの行列に出くわした。
馬鹿祭りのおみこし地図

 駅周辺は結構な賑わいで、どうもお祭りのようだ。街中のポスターには、馬鹿祭りと書いてある。
"馬鹿祭りのいわれ およそ500年前の昔、江戸の開祖といわれる太田道灌は赤羽西口の高台、今の静勝寺境内に稲付城を築き、江戸北方防備のカナメとしました。文武両道に秀で特に詩歌管弦の遊びには遠く京の都から師を招いて地元民にも普及につとめた道灌。 その偉業をついで赤羽の地にも住民の祭りを…と生まれたのが四月のエイプリルフールにちなんでその名も「バカまつり」となりました。"
赤羽馬鹿祭り

 一見太田道灌に関係するように見えたけれど、4月のエイプリルフールにちなんでつけた名前なのだね。
 でもエイプリルフール近くでなく、ゴールデンウィークにやるのか。うーむ。

まがい物のようなランドリー

 サイクリングしつつ、環七を西へ向かっていると、ちょっと吹きそうな看板を目にした。
コイソラソドリー地図
 コインランドリーっぽいなにか。あれで、別の何かを売っているお店だったらなあ。


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